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HISTORY

In the late 70s~in the mid 80s
会社の創業者である Larry Hartke と Ron Lormanが、著名なHi-Fiデザイナーの A. StewartHegemanの見習いとしてスピーカー設計の実験を初めたのは、Hi-Fiオーディオが全盛の頃であった。もともと二人は、ホームオーディオのスピーカーを設計するつもりで様々なコーンの素材を実験していたのだが、スピード、強度、過渡特性の点で最終的にはアルミニウムを選択した。LarryとRonは、New YorkやNew Jerseyのレコーディングスタジオを立ち上げたり、そこでの仕事をしたりして数年間を過ごしていたのだが、その間もずっとアルミニウムスピーカーの実験を継続していた。
Hartke が Ampex テープマシンのリペアを仕事にしていた1970年代後半になり、よく設備の整った金属工場において、まず最初のアルミニウムコーンスピーカーが切削された。
同じ頃、 Lorman は New York の Greenwich Village にある有名な Bottom Line Clubのステージマネジャー兼サウンドエンジニアとなっていた。其処は Lorman が、伝説のベースプレイヤー Jaco Pastoriusを含む何百人ものアーティストに出会った場所である。 Jacoは彼らが試作したアルミニウムコーン・モニタースピーカーのプロトタイプの音を聴いたあとで、自分の演奏用にベースキャビネットを試作してみないかと提案したのである。
程なく LarryとRon は、アルミニウムコーンキャビネットを最もホットなミュージシャン達と共にステージ上でテストし始めた。その後、 Ronは Frank Zappa、Paul Simon、 Jack Bruce、 Miles Davis等のアーティストのエンジニアとして世界中を旅することとなる。そして彼は、世界中のステージで Hartkeベースキャビネットのプロトタイプをテストした。そして Jaco、 Marcus Miller、 Jack Bruce、 GarryTallent 等は、ステージ上で Hartke キャビネットを使用した最初のアーティストとなる。 アルミニウムスピーカーはクリアで力強く、広範囲に届く忠実な原音、卓越した表現を生み出すダイナミクス等、 今まで聞いたことのないベースサウンドを創り出した。 Jacoのようなパイオニアに先導されたことにより、ベースプレイヤーはバンドのバック(リズムキープ)のみならずフロント(ソロプレイ)にも立つこととなる。そして Hartke キャビネットは、そのために必要な鮮明度と透明感のある音を用意したのである。そのうわさは瞬く間に拡がり、すぐに誰もがHartkeのキャビネットを試してみたいと申し出た。LarryとRonは10インチ×4発のスピーカーキャビネットを手作りで20個試作し、原則的にそれらを皆にプレゼントした。 伝説的ベーシストである DarrylJones や幅広い層の支持を得ている Will Lee 等も初期にこれらの試作品を受け取った人々に含まれている。
80年代半ばになると、ニューヨークではベースプレイヤーをフィーチャーしたショーが流行り始め、Hartkeキャビネットは大いにもてはやされた。その頃のショーケースでは、 Jaco Pastorius、 Darryl Jones、 SteveMorse Band の Jerry Peak、Ramsey Lewis とプレイした Bill “Buddha” Dickens等フィーチャーされていた。